二、大東亜戦争の原因と経過

(一)世界通念と白人世界



十八世紀がスペイン、ポルトガルの時代ならば、一九世紀はイギリス、フランス、オランダ、そしてアメリカの世界となる。イギリスに起こった産業革命で鉱工業は飛躍的に進歩し、各国はその資源の入手と製品の捌け口を獲得する為、右手に剣を翳し左手に聖書を掲げて、世界制覇に乗り出した。即ち海外発展である。戦前の地図を見れば一目瞭然であるが、殊にイギリスは「我が領土に太陽の沈む所なし」と豪語しており、重要資源の殆んどが白人の手に握られておった。そして徳川幕末の頃には、アジアで彼等の植民地か支配権に入っていない国は日本しか残っていなかったのである。


幕末に渡来したペリーは、日本と仲良く貿易しようなどと、生易しい目的で来たのではない。英、仏、露も皆同じく、日本を属国に、あわよくば植民地にして自国の勢力圏に収めようという野望を持って、日本を屈伏させる目的で、遠く海を越えてやって来たのである。阿片戦争で屈辱的条約を結ばされた清国の悲劇を目の辺りにした日本の恐怖は、とても今の感覚では想像できないものがあったろう。

当時欧米諸国は武力を以て他国を征服し、支配権を拡張することに依って自国を発展させる最良の手段と為し、それが世界通念として認められていた時代であった。即ち帝国主義が全世界を風靡していた時代背景に於いて、彼等は我こそは祖国に忠実な愛国者であり、進取の気性に富んだ勇敢な戦士であると自認していたのである。その昔倭寇の血を引く江戸時代の人達も、若し鎖国がなかったならば、同じようにその仲間入りをして、フィリピン辺りを領土にしていたかも知れない。

現代では、帝国主義による拡張政策は侵略と呼ばれ、国家悪の元凶と考えられるようになったが、それは大東亜戦争という試練を経て会得した人類の思考の進歩であり、多大の犠牲を払ったあげくに達し得た理念である。換言すれば、大東亜戦争という一大転機がなかったならば、依然として帝国主義の世界が続いており、各国は領土拡張に鎬を削っていたであろう。


ここに於いて考えるべきことは、大東亜戦争に於いて日本は中国大陸をはじめマレー半島諸域及南洋諸島を悉く制圧はしたが、全てを独立させたことである。弱小民族の解放であり、彼等には迷惑をかけたがこれ以上の贈物はない。追放された白人達が、自分達のかつての侵略を棚に上げて限りなく日本を恨んで、戦勝国の名のもとに侵略国の汚名を着せたのである。


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