六、 結  び



大東亜戦争は「天意」である。若し大東亜戦争がなかったならば、世界は依然として白人優位の神話が罷り通り、四周敵に囲まれた貧乏国日本は、国家予算の大部分を国防に割き軍備増強に狂奔させられていたであろう。

その結果、戦後四十余年のソ連の恐怖暗黒政治と全体主義的統制経済により、塗炭の苦しみを味わされた東欧諸国民の悲劇は、大東亜戦争がなかった場合、或は日本国民がたどる道であったかも知れない。このように考えると、「大東亜戦争」があってよかったとも言えよう。


大東亜戦争は白色対有色という図式の世界に於いて、如何なる神仙と雖も阻止出来ない宿命戦争であり、人類が帝国主義から脱却する為にも避けて通ることの出来得なかった関門であったのだ。それ故大東亜戦争は「天意」に外ならない。

しかし、大東亜戦争は台湾の我々にとっては迷惑千万で、日本戦敗と同時に見捨てられてみなし子になってしまった。それでも私達は力強く生き抜いて来た。辛うじて今日まで生かして貰えた。皮肉な生涯ではあったが、偶には生き甲斐を感じることもある。幸か不幸かは、既に半世紀を過ぎたが未だにその判断がつかない。

終りに一言

私はもう日本人ではないが、大東亜戦争の聖戦にも参加し、二十六年間日本人として生を享けた故に、これから生まれてくる無数の日本同胞のために何か残したい。せめて大東亜戦争の中に生きた真実だけは是非お伝えしたいと思って本文を認めた次第である。

(平成五年八月十五日記)


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