昭和二十一年二月から昭和二十九年八月まで、昭和
天皇は全国の各都道府県を巡幸された。主として遺家
族、海外からの引揚者、戦災者の遺族を見舞って、励
ましのことばをかけられようとされたわけだ。当時は
まだ到る処、焼野が原に仮設住宅を建てていたような
状態で、お泊りになる所も設備の悪い所が多かったよ
うだが、天皇陛下はそんなことには無頓着で、国民に
親しく声を掛けられ、励まされたようだ。昭和二十二
年の八月と二十四年の五月には炭坑にも入られて、坑
夫達を励まされたということだ。
占領軍の積りでは、多分群衆が石でも投げるだろう
位に思っていたのが、「萬歳々々」の大歓迎で、占領
軍は呆気にとられたということだ。敗戦国の元首がこ
んなに歓迎されるなどということは、外国人には分ら
ない事だ。
私・・・そうだよ。それが日本の国がらなんだよ。とこ ろが最近は故意にそれを無視して、憲法第一条に象徴 天皇があるのは、国民主権の立場からおかしい、第二 条以下に持って行くべきだとか、おかしな改憲論議が 行われている。今の平和が、亡き英霊と、天皇陛下の ご仁愛のお陰だということを片時も忘れてはならない ね。八月十五日は何を措いても靖国神社参拝だよ。
前ページ | 表紙目次 | 次ページ |