桜花爛漫、参拝者の溢れる中
第32回全国戦友連大会粛然と挙行



四月一日、第32回全国戦友連大会は予定通り靖國神社において行われた。平年より一週間も早く開花が告げられた桜も、その後の時ならぬ寒波の襲来で長持ちし、おまけに前日は桜の花に白雪が舞う珍事まで見られたが、この日は一変して雲一つ無い快晴、朝早くから大会準備で境内を動き回る役員戦友の頬に春の陽光が降り注ぎ、境内を彩る桜はまさに満開、これ一重に英霊のお加護の賜物と、胸膨らむのを覚えた。

九時過ぎから受付開始、当初は疎らだった参道も十時頃からは参拝者が列をなし、参加戦友はその列を掻き分けて受付に顔を出すほどの賑わい振り。特に受付前の参道で「猿回しの」奉納行事があり、それを取り巻く参拝の人垣が大きな塊となって参道を埋め、且つ神門前では大勢の団体が次から次と参拝記念の写真撮影でスペースの空く暇もない。その間参加戦友は逐次その数を増し、集合時刻にはその数二百四十名近くに達した。

神門前整列場所の混雑を考慮し、予定時刻より五分早く集合喇叭が鳴り渡る。昨年と同じく木村昭二戦友の奉持する紫紺の戦友連大旗を中央先頭に、西田会長以下、各戦友会が隊旗を先頭に隊伍を整え、喇叭の音に合わせて行進、南行幸門を通って本殿前の中庭に参進した。ここは境内の騒々しさに比しまさに神霊漂う別世界。箒目も眼にしみる白砂の神庭に足を踏み入れる部隊参拝の感激は、まさに一入。

修祓後、西田会長・倉林「英会」運営委員長の玉串奉奠に続く二礼二拍手一礼の儀式にならって一同拝礼。折りから鳴り渡る「国の鎮め」の喇叭の荘重な響きに心洗われつつ、亡き戦友(とも)の在りし日の勇姿を偲びつつ感謝の黙祷を捧げる。しばし感動の波に寂然として声なし。

今回は大村銅像前の参道での大会は取り止め、大会は靖國会館で行うことになり、部隊参拝後直ちに靖國会館二階会場に移動する。

第二部、戦友連大会は定刻10分過ぎの13時10分、長谷川大会実行委員長の音吐朗々たる司会の下全員起立、会場中央に掲揚された国旗日の丸に正対して君が代斉唱、その幕を開けた。実行委員長の、二百四十名に及ぶ粛々たる部隊参拝斉行の感激と、参列者各位に対する謝意の表明の後、大会は次の式次第に従い進められた。


先ず西田会長演壇に立ち、大会挨拶を述べる。その要旨は、「本日は昨年にも勝る大勢の戦友諸兄の参列を得て、かくも盛況裡に大会を開く事が出来て誠に喜ばしい限りである。特に軍恩連福島支部角田(つのだ)支部長以下20名のご参列を賜り、錦上花を添えて頂き感謝に堪えない。さて、この席上で皆様方に当戦友連の来年12月31日の解散をお知らせしなければならないことは、真に心苦しく残念の極みである。せめて有終の美を飾るべく、来年末までのこの残された一年八ヵ月の間、広報活動や会報の充実に従来にも増して精一杯の努力を重ねたいと思う。特に靖國神社へのしめくくり事業として『靖國募金』の実施を決定したので、各位のご協力を得て、是非とも『戦友連』の大きな花を咲かせて有終を全うしたいと念願すること切なるものあり、何分にも宜しくご協賛のほどをお願いします。」

次いで来賓のご挨拶を頂く。

湯沢宮司―――「永い間、英霊の慰霊顕彰に格別のご精進を頂き、衷心より敬意と謝意を表したい。来年末で解散とのことをお聞きし残念に思う。

只今、靖國神社では御創建百三十年記念事業として、各種事業が進行中で『御祭神名簿の保存・管理体制』(データベース)は既に完了し、御祭神の調査等をすべてコンピューター管理で迅速にお応えできる体制にある。

又『遊就館改修及び新館新築』もこの三月着工、来年八月からは一般に公開参観可能となる。今、教育問題は国民の関心の的となっており、神社としてもこれらの諸施設の活用により、国民一般特に若い年代層の正しい歴史の習得に貢献出来るよう、配慮している。

今回の記念事業を是非成功させるべく、国民挙げての御奉賛をお願いしているところであり、皆様方にも宜しく御協賛の程お願いします。」

倉林「英会」運営委員長―――「平成13年版靖國カレンダーの11月・12月の記事は、去る60年前の大東亜戦争開戦に際し、真珠湾に特殊潜航艇で特攻散華された九軍神のお一人岩佐直治中佐命についてであるが、その戦死海底と先般『えひめ丸』事件で未だに行方不明の九人の乗組員の犠牲者の沈没箇所とが殆ど同一地点であることと、その数も同じ九人であることに思いを致すとき、偶然の出来事とは思えない程の因縁が関知されて感慨無量なるものがある。

さて、話は変わるが政局は依然混沌、森総理は事実上その退陣を示唆しているが、春季例大祭当日祭に当たる4月22日(日曜日)には、総理在任中であることは確実なので、森総理の真価を発揮して、是非この春の例大祭に靖國神社に公式参拝を要請する『総理への提言FAX』を一人でも多く集中的に送付されるようお願いします。『総理への提言FAX』番号は、〇三ー三五八一ー三八八三」


来賓のご挨拶を終わったところで、長谷川実行委員長から、今回は「意見の発表」・「決議文の採択」は割愛することが宣言され、これを受けて佐藤副会長が閉会の辞を兼ねて本日配布の資料(戦友連チラシ・会報3月号・「英会」たより等)について若干の説明と、特に「靖國募金」に関する事務的お願いを申し上げて第二部の大会を締めくくった。

さて、次はお待ち兼ねの第三部、直会・懇親会である。献盃の音頭を遠来の軍恩連福島支部角田雄三支部長にお願いして全員杯を捧げて、亡き戦友(とも)のご冥福を祈り、併せて今後の精進の固めの盃とする。毎年関西から大挙して参加され、且つ又今回の福島軍恩連支部参加の仲介役となった「桧六二会」吉川博明会長(故清板正男会長の後任)をご紹介して、簡単にご挨拶を頂く。

会場は補助椅子を搬入しても満杯の状態、各戦友会毎に陣取ったあちこちに、軈て談笑の渦が巻く。折から特別参加の三条園佳さんの『何日君再来(ほーりちんつぁいらい)』の昔懐かしい美声が会場に流れ、懐旧談の呼び水となる。やや間をおいて、今度はハーモニカの名手小松戦友のプロはだしの軍歌メロディーの演奏に、時間の経過も忘れる。

次に、遠来の参加者の帰り時刻を配慮して、予定時刻より早めに喇叭保存会平野会長以下五名の数曲の喇叭演奏があり、これを中締め発声に代えて逐次流れ解散となる。

次第に会場から戦友の姿が消え去り、一抹の寂しさに襲われながらも、大任を果たして後片付けに勤しむ役員戦友の肩に安堵の色が滲んでいた。15時30分にはすべての仕事を終り、全員会場を後にした。本当にご苦労様でした。


平成14年12月31日の解散を睨み、来年度の第33回戦友連大会は、平成14年10月30日(水)に靖國神社に於いて挙行します。会場も靖國会館二階全室を既に確保済みです。いずれその節は別途ご案内を差し上げますが、掉尾を飾る大会に相応しい盛会となりますよう、万難を排してのご参加をお待ちしております。

尚、最後に重ねてのお願いで恐縮ですが、有終を全うする『靖國募金』には格別の御協賛を賜りたく、お願い申し上げて擱筆致します。




佐藤 博志  記



平成13年4月25日 戦友連387号より


【戦友連】 論文集