田中外相更迭騒動で露呈した
小泉首相の政治家像と
自民党・族議員の横行








はじめに



アフガニスタン復興支援国際会議への、一部日本のNGOの参加拒否をめぐった外務省のトラブルが、国会審議中断の重大局面にまで発展し、小泉総理は喧嘩両成敗とやらで、田中真紀子外相と野上義二事務次官を更迭し、渦中の人鈴木宗男衆議院議院・運営委員長の辞任により、一時の急場を凌いだ。

その結果、超高支持率を誇った内閣支持率は三十%方急落して五十%前後となり、自民党内抵抗勢力の動きも露骨化する一方、野党にも政権攻撃の的となる好餌を与え、一向に止まらないデフレ傾向の進行と失業者率の漸増に加え、政局に敏感なマーケットの反応即ち、株安・円安・債券安のいわゆるトリプル安現象を招き、不況心理に苛まれている社会に更なる不安を醸成し、小泉政権の進路に大きな赤信号が点滅している。この間の消息については、事件発生以来テレビ或いは新聞等マスメディアが連日報道していたので、読者諸賢も十分ご承知のことと思われるが、肝心の靖國問題のこともあり、私なりに、本問題の分析を通じて小泉首相の政治家的器量の把握を試み、各位のご批判を乞うものである。




田中真紀子人気に依存し過ぎた小泉首相



昨年の田中・小泉二人三脚の総裁選挙活動によって射止めた座の総理としては、田中を閣僚として重用せざるを得なかったことは無理からぬ話ではあるが、その外相の起用のミスキャストについては、多くの識者が当初から指摘していたことであった。案の定、アーミテージ米国務副長官との会見の土壇場でのキャンセルや、台湾李登輝元総裁の訪日ビザ容喙、中韓両国に擦り寄る教科書問題への介入発言、或いは唐中国外相からの小泉首相靖國参拝拒否の「ゲンメイ」問題等、数え上げれば切りがない程我が国の国益に反する不見識な行為を重ねた。

就中、米国中枢部同時テロ発生直後の「米国国務相職員の避難先」の機密事項のマスコミへの漏洩事件は、実害が生じなかったとはいえ、当然即刻罷免されてしかるべきだった。だが国民の人気を最大の支えとして政権運営に当たってきた小泉としては、その支持率の低下を恐れて、これを見逃した。あの時断固として決断していれば、多少の支持率の低下はあったであろうが、筋道の通った当然の更迭であり、野党の攻撃の材料ともなり得なかったし、今日の事態も回避できた。




田中真紀子人気の正体とは何か



政・官・業の癒着により頻発する不祥事件に対する国民の鬱積した感情の捌け口の引受人として、彼女の何者をも恐れない傍若無人な振舞いも当意即妙な親譲りの弁舌と相俟ち、恰も封建時代の百姓を苛める悪代官を懲らしめる奉行に喝采を贈る感覚で、一般大衆特に婦人層の人気を独り占めにした。それは若いアイドルに対する、いわゆるミーハー族の熱狂的ファン心理に相通ずるものである。この田中人気を、総裁選挙運動中嫌というほど見せつけられた小泉は、政権獲得後はその延命装置の一部として彼女を組み込むことを必須の要件と考慮したことも、党内に大きな支持基盤を持たない小泉としては宜なるかなであり、事実小泉総理はワイドショー内閣と称せられる程、あらゆる機会を捕えテレビ・マスメディアを利用し、その簡単明瞭な分かりやすい言葉と紋切り型口調で自信満々のパフォーマンスを国民の視覚に訴え、大衆の人心収攪に意図的に自己演出し、それが真紀子人気と相乗的効果を生み、史上稀にみる80%近い超高支持率を維持することに成功してきたのである。




それが今回破綻したのは何故か



小泉は早くから派閥政治の弊害を訴え、組閣に当たっても派閥領袖との口約を無視して小泉流閣僚人事を強行して世間を驚かせ、組閣後は「構造改革なくして景気の回復なし」とのスローガン一点張りで、この方針に反旗を掲げるものは党内外を問わず一刀両断に切り捨てると大見栄を切り続け、むしろ抵抗勢力を顕在化させ、それに立ち向かう小泉政権の不退転の決意を国民の前に見せつけることによって、逆説的に痛みを伴う国民に引導を渡す秘策を練っていたに違いない。

しかし百戦錬磨の反主流派の自民党の派閥は、小泉人気の前に雌伏した如く鳴りを潜めていたが、構造改革が具体化されるにつれて政官連合でその既得権益の擁護に動きだし、名を捨て実を取る作戦で小泉構造改革の効果削減に滲透していった。小泉総理とて確かに異色の人物ではあるが、親子三代に亘る保守党政治家の血筋を引く身、政治に妥協は付き物と肌で感じており、或る程度までの妥協は見て見ぬ振りをせざるを得なかった。

ところがである。今回のアフガニスタン復興支援国際会議のNGO(非政府組織)の参加拒否問題については、「ピースウィンズジャパン」の大西健丞氏の公開発言により、外務省のドンと呼ばれる鈴木宗男議員の介入があったと各種メディアが騒ぐ中、国会においては外務大臣と事務次官の発言が食い違い事態は紛糾、その事態収集のため、鈴木議員の衆議院運営委員長の辞任と引き換えに田中外務大臣の更迭を要求する平成研(橋本派)に屈伏せざるを得なかったことが事の真相のようである。

この点に限ってみれば、鈴木議員の族議員活動と自民党最大派閥平成研(橋本派)の相変わらずの利権集団の横暴ぶりが責められこそすれ、田中大臣の実質的罷免の正当な理由が見当たらない。このことは、自民党体質改善の若手のリーダーの一人である平沢勝栄議員が徹底して真紀子擁護派として行動したことによっても頷くことができよう。

かくして小泉政権の人気の守護神が閣外に去り、支持派は急落し、本人自身が認めているように、この騒動で最も傷ついたのは小泉首相その人である。外務省改革に名を借りて人事ばかりに拘り、本来の外交に真摯に取り組まなかった外相を放置し、今日の事態を招いたのは任命権者の自業自得と言わざるを得ないが、田中真紀子議員の人気は反って上昇し、或る政治評論家は、総理の芽さえ出てきたという。現に自由党の小沢一郎党首がラブコールを送ったとのこと。

又鈴木宗男議員は平成研で男を揚げ、派閥内での重みを増したといわれ、野上義二事務次官は外務省でその評価が高まったというから、政界・官界の目線が国民のそれと如何に乖離しているかが、小泉首相の聖域なき構造改革の掛け声が空しく谺するように思えてならない。「百年河清を待つ」どころか、今の日本には十年の余裕すらない。




最後に小泉総理に望むもの



もうこの段階では、総理の選択肢は正攻法の「中央突破」以外にない。

50%に近い支持率は、貴方の改革に期待を掛けている国民の声で、自民党の抵抗勢力でも、貴方なしでは政権の維持は当面できないと思っている筈。現に合意成立至難とみられた医療改革も、総理の主張が原案通り通ったではないか。

更に望むらくは、今総理の視点に欠如している「明日の日本の国家像」を明示して、国民に明るい希望を与えること。

有事法制準備に当たり、安全保障基本法の策定も視野にあるこの際、君子豹変、八月十五日の靖國神社参拝を敢行することである。




 (二月十二日現在  文責 佐藤 博志)








平成14年2月25日 戦友連397号より


【戦友連】 論文集